新資料の紹介

以下の作品は三島由紀夫文学館で新たに発見され、「決定版三島由紀夫全集」に収録されたものです。

青垣山の物語雨季神の灣水鶏の里と四気仔熊の話子供の決闘白拍子春光神官耀子
でんしゃ縄手事件檜扇舞踏病冬山坊城伯の夜宴真白な椅子ミラノ或ひはルツェルンの物語領主我はいは蟻である

耀子 (てるこ)

小説

執筆年月日/1946年(昭和21)6月27日
収録/『決定版三島由紀夫全集16』
あらすじ/江木は肺病のため、父が株主のN国策会社へ遊び半分、勤務していた。彼が欠勤中に岡専務の姪の岡耀子が入社していた。その日の帰途、江木は自分のすぐ前で電車を待っている耀子を見つけた。郊外電車の乗り換えのときも耀子が跡をついてきた。空襲警報のため、二駅目で電車が止まった。江木は耀子を家まで送って行くことにした。耀子の広大な家には頭のおかしい母と女中が住んでいた。江木が帰ろうとすると、耀子は江木を求め、二人は関係を結ぶ。

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でんしゃ

小説

執筆年月日/1940年(昭和15))9月14日
収録/『決定版三島由紀夫全集15』
あらすじ/夜遅く、汽車の汽笛が響いてきた。汽笛は寝つかれない子供の耳に未知の華やかさのように聞こえ、郷愁や旅愁をさそった。子供はよく電車の夢をみた。乗客も運転手もいない電車は闇の小路をまっしぐらに進んでくる。ある日、祖母が死んでから、姿を見せなくなった行商の兼さんにがら空きの電車で会う。兼さんは以前から、少しおかしいと言う評判だった。兼さんは私を見ても声をかけようとしない。そこで私は終点で下車した兼さんの後をつける。

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縄手事件 (なわてじけん)

小説

執筆年月日/1944年(昭和19)10月22日
収録/『決定版三島由紀夫全集16』
あらすじ/明治元年2月29日、英国公使パークス一行が御所へ向かった。騎兵隊の中央が四辻を50メートルほど行ったときに二人の壮漢が群集から踊り出て、一行を襲った。中井弘蔵は壮漢乙に薄手を負わせたが、壮漢甲は手強かった。パークスは馬を前に駆り立て、難を逃れた。壮漢の一人はピストルで下顎を打たれて捕えられ、もう一人は中井が斬首した。初めて、生首を見たパークスはぴくぴくと足を震わせた。

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檜扇 (ひおうぎ)

小説

執筆年月日/1943年(昭和18)12月18日〜1944年(昭和19)1月5日
収録/『決定版三島由紀夫全集16』
あらすじ/領主のフォン・ゴッフェルシュタアル男爵は死ぬために戻ってきたと人々は噂した。町の住民たちは不明な言葉とそうでない言葉を使い分けていた。ある晴れた午後、散歩に出かけた私は乳母車を押した老婆から、領主のゴッフ男爵と間違えられる。いつの間にか気を失っていて、目覚めた場所は町外れの牧羊地だった。そこで私はフォン・ゴッフェルシュタアル男爵に声をかけられ、『槍持の酒場』で会う約束をする。約束の場所に行くと、男爵は花守夫人とのいきさつを語り、彼女に檜扇を返して欲しいと頼む。

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舞踏病 (ぶとうびょう)

小説(原稿欠損)

執筆年月日/1947年(昭和22)3月5日起筆
収録/『決定版三島由紀夫全集20』
あらすじ/どの舞踏会も昼は輝子一人だったが、夜は姉の亮子と一緒だった。三木家のパーティで学生の黒田たちが好色雑誌を見ていた。それをのぞき見る輝子だった。28歳の高辻はどの舞踏会にもパートナーを伴わなかった。彼は背広の襟に小さな鈴をつけていたが、いち早く輝子が鈴の音を耳にし、そのことを口にした。三木夫妻が現れ、ダンスが始まった。高辻は輝子と踊ったが輝子は鈴の音を聞くために彼の胸にぴったりと頬を押し付けていた。

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冬山

小説

執筆年月日/1940年(昭和15)
収録/『決定版三島由紀夫全集補巻』
あらすじ/私に鼠色の羽織を着た来客があり、応対した部屋には冬山の掛軸がかかっている。客が帰ったあとで、彼の羽織の色に不吉な予感を感じる。と言うのも、六甲の山ぞいに住む母が亡くなる前に、鼠色の小紋の羽織を着たばばさんが廊下の向こうを通った、と言ったことを思い出したからだった。しばらくして、私は水墨にとりかかる。筆が動くにつれ、眠っていた命が目ざめ、光が生まれ、私と絵絹はせめぎ合い、美しい大河のように流れた。

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坊城伯の夜宴 (ぼうじょうはくのやえん)

小説(原稿中断)

執筆年月日/不明
収録/『決定版三島由紀夫全集20』
あらすじ/夕映えのなかの散歩から帰ってきた私と伯爵坊城俊民の二人は一緒に書斎に入る。彼は夕日の差し込む書斎を気に入らなかったが、私はこの部屋がいいと言う。そして彼は自分の困っていることを慇懃(いんぎん)に話し始める。

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真白な椅子

小説

執筆年月日/1941(昭和16))8月21日
収録/『決定版三島由紀夫全集補巻』
あらすじ/病気あがりの子供が歩く練習をする話。子供は歩くよりも本当は寝たいのだが、それを口に出さない。外を歩くとき、看護婦さんが子供の手を引く。子供はおぶってほしいのだが、とうとう耐え切れず途中でしゃがみこんでしまう。看護婦は裾を両手で引っ張り、白い椅子を作る。子供はそれに腰かける。

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ミラノ或ひはルツェルンの物語

小説(原稿中断)

執筆年月日/1941(昭和16)春
収録/『決定版三島由紀夫全集20』
あらすじ/妻を亡くした文貞(ふみさだ)は一人息子の一馬を伯父にあずけて、イタリアのミラノ支店で働くようになった。有能な彼はイタリア語に精通し、社交界にも顔を出すようになった。ある夫人の誕生日パーティで気分が悪くなって、自室で倒れてしまった。雪景色の翌朝、絵を取り替えようと、後ろの板をはずしたところ、妻の写真が落ちてきた。呼吸器の病気でスイスのルツェルンのサナトリウムへ行くことになった。ある日、サン・マリオン家の夜会への出席をすすめる手紙が友人から届く。

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領主 (りょうしゅ)

小説(原稿欠損)

執筆年月日/不明
収録/『決定版三島由紀夫全集20』
あらすじ/上野の大伯父(祖母の伯父)がたまに来ると、彼は祖母の名前を、涙声で連呼する。人の好い祖母は袖で目頭を拭く。私は大きな鼻をした大伯父の顔が怖かった。やさしい母も彼を嫌い、親戚はことごとく非難の目で見た。私はそんな親戚たちの態度が理解できなかった。ある日、大伯父と私は温泉地へ行くことになり、祖母が反対した。大伯父がお玉を同伴しないという約束で許可になったが、それを聞いた母が泣き出した。

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我はいは蟻である

小説

執筆年月日/1937年(昭和12)
収録/『決定版三島由紀夫全集補巻』
あらすじ/生まれたばかりの働き蟻が主人公。初めて見る陽光の眩しさや人間の皮膚はすべすべして白く、人間の住む家はあまりに大きくて、主人公の視野にはおさまらない。それから、重いビスケットを運んだり、敵対する蟻の存在を老いた蟻に教わったりして、自分の家に帰る話。

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