花ざかりの森|煙草|岬にての物語|盗賊|仮面の告白|愛の渇き|青の時代|禁色|卒塔婆小町|真夏の死|葵上|潮騒|班女|沈める滝|金閣寺|鹿鳴館|美徳のよろめき|橋づくし|鏡子の家|弱法師|宴のあと|獣の戯れ|美しい星|午後の曳航|剣|絹と明察|三熊野詣|サド侯爵夫人|英霊の声|太陽と鉄|春の雪|奔馬|文化防衛論|椿説弓張月|暁の寺|天人五衰
七丈書院 1944年(昭和19)10月15日 初版
初めて「三島由紀夫」のペンネームを使った小説。活躍中の評論家、蓮田善明が称賛した。
「わたし」の祖先をめぐる4つの物語からなる小説。祖先との心の邂逅を通して紡がれた物語で、一貫したストーリーはない。「海はどこまでいけばあるの」と聞く妹に、勤王派の兄は「海なんて、どこまで行ったってありはしないのだ。たとい海へ行ったところでないかもしれぬ」と答える。こういう強い憧れとアンニュイな雰囲気が漂う小説。最後の文章は、澄んだ静謐を描いていて、『豊饒の海』のラストを思わせる。
同時代執筆作品(1941年) 「幼年時」「花山院」「ミラノ或ひはルツェルンの物語」「真白な椅子」「惟神之道」(かんながらのみち)など
初出:鎌倉文庫 1946年(昭和21)6月「人間」/収録:鎌倉文庫『夜の仕度』1949年(昭和23)12月1日 初版
新人発掘の名人川端康成の推薦で、「人間」に発表。この作品で戦後文壇に登場した。
子どもから大人になる少年期の性のゆらぎを扱った小説。華族学校の森で、煙草を吹かしている上級生を見た文芸部の「私」は、勧められて初めて煙草を吸う。ラグビー部の部室で、煙草をくれた井村に出会った折り、勇気を出してまた煙草をねだる。すると上級生たちは、「私」を井村のお稚児さんだとからかった。煙にむせた「私」を思いやる井村を感じた晩、「私」は誇り高い自分を放棄して、自分以外の者でありたいと切に願う。
同時代執筆作品(1946年) 「川端康成印象記」「図らずも昭和廿一年に発表の機を得たこの稿の前書」「1946年3月21日夕の三浦環独唱会」「贋ドン・ファン記」「岬にての物語」など
桜井書店 1947年(昭和22)11月20日 初版
終戦をはさんで書かれた小説。厳しい時代状況とは無縁の、美しい避暑地での物語。
11歳の「私」は、夏を房総半島の海岸で過ごした。1人で岬の小道に迷い込んだ「私」は、美しく整った身なりの少女と青年に出会う。3人でかくれんぼをしていたとき、「私」の前から少女と青年は姿を消してしまう。目隠しをしていた「私」は、確かに断崖の方角に、悲鳴に似た微かな叫びを聞いた。おそるおそる崖の下を覗いた「私」は、ただ白い波を見ただけだった。しかし「私」は、たとえようもない大きな事を知った気がした。
同時代執筆作品(1946年) 「煙草」「バルダサアルの死」「六月の東劇」「輝子」(てるこ)「わが世代の革命」など
真光社 1948年(昭和23)11月20日 初版
ラディゲに対抗して書かれた三島由紀夫の長編処女作。
ともに異性に捨てられた経験を持つ明秀と清子が交際を始め、彼ら自身の結婚式の当夜に心中してしまう。そのことによって、彼らのかつての恋人は、真の美、永遠の若さを根こそぎ盗み去られてしまうという物語。 ラディゲの「ドルヂェル伯の舞踏会」から強い影響を受けた三島が、1930年代の華胄会を舞台に選び、「世界的な大傑作」を書くつもりで取りかかった作品だという。単行本の刊行時には川端康成により序文が寄せられた。
同時代執筆作品(1947年~1948年) 「恋と別離と」「軽王子と衣通姫」(かるのみことそとおりひめ)「夜の仕度」「春子」「舞踏病」「サーカス」「親切な男」「宝石売買」など
河出書房 1949年(昭和24)7月5日 初版
才能はあっても真実の声がないと言っていた批評家に、これは本物だと認めさせた傑作。
「私」の性的な自叙伝。誕生から成人した現在までの「仮面」を被った「告白」である。「私」は女性に興味がなく、逞しい男に魅力を感じてきた。汚穢屋、兵隊、地下鉄の切符切り、落第してきた同級生らにである。戦争が激化する中で、園子に恋をするが性的な関心はもてない。戦後、他家に嫁いだ園子と密かな逢い引きをするが、そのときでも「私」の目は逞しい若者に引き付けられる。世界から疎外された悲しみを描いた作品。
同時代執筆作品(1948年~1949年) 「蝶々」「殉教」「家族合せ」「頭文字」「山羊の首」「幸福といふ病気の療法」「魔群の通過」「聖女」など
新潮社 1950年(昭和25)6月30日 初版
若く逞しい体をもつ、無知で素朴な男と理知的な女。女の激しい嫉妬を描いた小説。
夫を失った悦子は、義父の杉本弥吉のもとに身を寄せていた。この家にいる園丁の三郎を心の中で愛しながら、体は義父にまかせている。若い三郎は女中の美代と良い仲になり、悦子は2人の監視をするのが生甲斐になった。美代が妊娠して、悦子は美代に暇を出した。そのことを三郎に詫びると、三郎は美代を愛してはいなかったと言う。悦子は喜んだが、三郎が体を求めてくるとこれを拒み、弥吉の前で三郎を殺してしまう。
同時代執筆作品(1950年) 「純白の夜」「果実」「鴛鴦」(えんおう)「修学旅行」「魔神礼拝」「青の時代」など
新潮社 1950年(昭和25)12月25日 初版
昭和24年、東大生で闇金融「光クラブ」の社長が自殺し、話題になった。これに取材した作品。
一高、東大と進んだ秀才の川崎誠は、インチキな利殖に手を出し、元金を失ってしまう。都会のお嬢さんである野上耀子と結婚するための資金だった。友人愛宕の入れ知恵で、「太陽カンパニイ」なる闇金融を興し、あこぎな商売によって、会社は急成長する。誠は秘書となった耀子を、犯してしまう。彼女が、税務署員の恋人のために脱税の調査をしていたのを、誠は知っていた。折りからの不景気で、会社は急速に傾いて行く。
同時代執筆作品(1950年) 「愛の渇き」「遠乗会」(とおのりかい)「孤閨悶々」(こけいもんもん)「食道楽」「邯鄲」(かんたん)など
新潮社 1951年(昭和26)11月10日 初版/1953年(昭和28)9月30日 初版
男色の秘密社会を描いた野心作。同性愛が、社会秩序に対するプロテストと見られた。
醜い老作家檜俊輔は、美青年の南悠一から、自分が同性愛者であることを告白される。俊輔は、騙してきた女たちに復讐するため、悠一と手を結ぶ。悠一が女を誘っては、俊輔がむごい目にあわせるのである。一方悠一は、俊輔の勧めで結婚をし、妻に内緒で男色社会を縦横に渡り歩く。しかし次第に悠一は、俊輔の手から逃れようとし、家族に同性愛が露見しそうになる危機も脱する。悠一を愛しはじめた俊輔は、遺産を残し自殺する。
『禁色』同時代執筆作品(1951年) 「女流立志伝」「綾の鼓」「偉大な姉妹」「死の島」「夏子の冒険」など
『秘楽』同時代執筆作品(1952年~1953年) 「クロスワード・パズル」「学生歌舞伎気質」(がくせいかぶきかたぎ)「近世姑気質」(きんせいしゅうとめかたぎ)「卒塔婆小町」(そとばこまち)「夜の向日葵」(よるのひまわり)「恋の都」など
初出:講談社 1952年(昭和27)1月「群像」
初収:新潮社『近代能楽集』1956年(昭和31)4月30日 初版
近代能楽集の3作目。オペラ化されてアメリカで公演されたこともある。
絶世の美女小野小町のなれの果てを描く能の「卒都婆小町」を現代劇に翻案したもの。能における小町と僧は、忌まわしい乞食の老婆と青年詩人に置き換えられた。三島はこの作品について、作者自身の芸術家としての詩的表白であると述べたが、そのようなテーマを離れて楽しむことの出来る芝居だ。蜷川幸雄の演出ではすべて男性によって演じられ、話題を集めた。なお、能の表記は「卒都婆」だが、三島は「卒塔婆」と記した。
同時代執筆作品(1952年) 「紳士」「只ほど高いものはない」「アポロの杯」「秘楽(禁色・第2部)」「真夏の死」など
創元社 1953年(昭和28)2月15日 初版
事件は初めに終わっているのに、最後にアッと思わせる短編。緊密な構成が生命の小説。
3人の子どもと義妹とで伊豆に来ていた朝子に、事件が起こる。2人の子と義妹が、波に呑まれて死んでしまったのだ。しかし夏が去り晩秋になると、悪夢のような思い出は薄らいでいった。やがて朝子は女児を産む。事件から2年後、朝子の強い希望で、家族は伊豆の海岸を訪れる。何事かを待つように放心して海を見つめる朝子に、夫は何を待っているのかと聞こうとして慄然とした。それが分かった夫は、息子の手を強く握った。
同時代執筆作品(1952年) 「金魚と奥様」「につぽん製」「二人の老嬢」「美神」「肉体の悪魔」など
初出:新潮社 1954年(昭和29)1月「新潮」
初収:新潮社『近代能楽集』1956年(昭和31)4月30日 初版
近代能楽集の4作目。高貴な女性の嫉妬の情念を描く。
「源氏物語」を素材とする能の「葵上」を現代劇に翻案したもの。舞台は若林光の妻である葵の病室。劇中眠りつづける葵は、最後には激しい嫉妬にかられた六条康子により呪い殺される。現身の康子の電話の声と病室のドアの外の生霊の康子の声とが交錯し、光が生霊の世界に連れ去られる幕切れには、スリラー劇の趣もある。三島自身はこの作品について、哲学的主題は稀薄で、テーマは康子の嫉妬に集中していると述べている。
同時代執筆作品(1954年) 「卑俗な文体について」「潮騒」「博覧会」「若人よ蘇れ」「鍵のかかる部屋」「女神」など
新潮社 1954年(昭和29)6月10日 初版
健康な青年と少女の「初恋」物語。三重県の神島がモデルで、5回映画化された。
伊勢湾に浮かぶ歌島は、都会の文化から隔絶した土地である。漁師の新治は、島の金持ちの娘初江に心惹かれる。観的哨で、2人は裸で抱き合うが、清らかな恋を誓う。東京の大学に通う娘の嫉妬や有力者の息子の邪魔、初江の父の厳しい制止などがあり、2人の仲は裂かれる。しかし新治の英雄的な活躍が初江の父を動かし、2人の結婚が許される。「初恋」という概念を知らないままに恋をする、古代ギリシャ風の若者が描かれた。
同時代執筆作品(1954年) 「葵上」「復讐」「芸術狐」(げいじゅつぎつね)「詩を書く少年」「志賀寺上人の恋」「S・O・S」など
初出:新潮社 1955年(昭和30)1月「新潮」
初収:新潮社『近代能楽集』1956年(昭和31)4月30日 初版
近代能楽集の5作目。恋人を待ちつづける女性の愛と狂気を描く。
男が残した扇を大事に抱きながら、男との再会を待ち続ける花子。その花子を独占することを自らの幸福とする実子。そこに男が現われるが、花子は私が待っていたのはあなたではないと言う。愛という狂気は、対象となる相手の男を通り越して、日常的な人間世界の外へ飛翔したのだ。「サド侯爵夫人」の結末を連想させる幕切れは鮮烈な印象を与える。実子の孤独と夢想を生々しく強調したジュネーブのゴデールによる演出もある。
同時代執筆作品(1955年) 「沈める滝」「海と夕焼」「商い人」「山の魂」「危険な関係」など
中央公論社 1955年(昭和30)4月30日 初版
感動しない男と不感症の女との人工的な恋愛。ダム建設の現場がよく書けている。
城所昇は電力界の大御所の孫で、石と鉄の玩具で育ち、まるっきり情操が欠けていた。不感症の夫人菊池顕子と、愛のない2人で愛を合成しようと契約する。そのために昇は、ダム建設現場で半年間越冬する。春が来て再会した顕子は、昇の愛撫に応えるようになっていた。しかし昇が、感動しない自分を好いていたと知った顕子は、自殺してしまう。怪物的な感受性に苦しめられていた三島が、その反対の「無感動」を創造した作品。
同時代執筆作品(1955年) 「班女」「幸福号出帆」「船の挨拶」「終末感からの出発」「小説家の休暇」など
新潮社 1956年(昭和31)10月30日 初版
美と人生の相克を描いた傑作。金閣放火事件をもとに、作者の人生を投影した小説。
貧しい寺に育った「私」(溝口)が、金閣に火を放つまでを描いた作品。父から金閣の美しさを教えられた「私」は、金閣寺の徒弟となり、大学に進む。金閣の美は、「私」に様々な表情を見せる。空襲の危機のもとでは、美は近くにいた。しかし戦後の金閣は超越的存在に見え、「私」と女との仲を引き裂きにかかる。ついに「私」は、金閣に火をつけ「生きよう」と思う。作者の生の力が、美の呪縛力を滅ぼしたと見ることができる。
同時代執筆作品(1956年) 「永すぎた春」「青いどてら」「十九歳」「大障碍」(だいしょうがい)「橋づくし」など
東京創元社 1957年(昭和32)3月5日 初版
子供の頃から鹿鳴館時代に憧れを持っていたという三島による華やかな戯曲。
欧化政策が推進された鹿鳴館時代における天長節の1日を描いた四幕の悲劇。史実や時代考証にはこだわらない大胆な構成に、劇作家としての三島の才能が光る。昭和31年の初演時には、伯爵夫人朝子を杉村春子、影山伯爵を中村伸郎、朝子の以前の愛人で影山の政敵清原を北村和夫が演じ、三島も職人役で特別出演した。新派では、初代、二代目水谷八重子がともに朝子を演じ、浅丘ルリ子主演で映画化されたこともある。
同時代執筆作品(1956年) 「金閣寺」「足の星座」「自己改造の試み」「亀は兎に追ひつくか?」など
大日本雄弁会講談社 1957年(昭和32)6月20日 初版
「よろめき」ということばが流行語に。「不倫」を描いたスマートな心理小説。
厳しい家庭に育った節子は、結婚して男の子を産んだ。夫は仕事に忙しい。結婚前に知り合った土屋との1度だけの接吻を、節子は時々思い出す。その土屋と偶然に出会い、逢瀬を重ねるようになる。罪の意識をもちながらホテルで愛を交わすようになるが、そのうち節子は妊娠してしまう。中絶した節子は、清廉な父を思い、土屋との交際を絶つ。きわどく、あぶない恋愛を、おしゃれで優雅な世界に塗り替えた作者の手腕が光る作品。
同時代執筆作品(1957年) 「女方」「道成寺」「朝の躑躅」(あさのつつじ)「貴顕」(きけん)「旅の絵本」など
文芸春秋新社 1958年(昭和33)1月31日 初版
7つの橋に願かけをして渡ると、願いがかなうという。4人のうち渡りきれたのは誰か。
築地あたりの7つの橋を渡ろうとしている4人の女がいる。芸者のかな子は、金持ちの旦那がほしい。年配の芸者小弓はお金を、料亭の娘満佐子は結婚を願っている。無口で頑丈な女中みなが、ボディ・ガードについている。遊びのような願掛けにすぎないが、そのうち皆が真剣になってくる。突然の腹痛、知人との出会い、警官の職務質問などがあり、結局無事に渡りきったのは1人だけだった。短編の名手三島の、腕の冴えた一作。
同時代執筆作品(1956年) 「施餓鬼舟」(せがきぶね)「陶酔について」「鹿鳴館」「オルフェ」など